クメール・ルージュの指導者はポルポトと言います。ポルポトは狂った共産主義者でした。ポルポト時代の3年8ヶ月20日は、カンボジアの歴史の中で最も暗い時代です。何百万もの罪の無い人々が殺されました。ポルポト時代のカンボジアは『壁の無い刑務所』だったと言われています。
その頃私の家族はタケオ州に住んでいました。私はまだ生まれていなく会えなかったですが、父と母はよく教えてくれたし、小学校、中学校、高校で習っていたので、その時のことははっきりと覚えています。もう二度と繰り返してはいけない歴史だと思います。ポルポト時代に肉親を失わなかったカンボジア人は恐らくどこにもいないでしょう。
ポルポト政権の時、国の名前は『民主カンプチア』でした。シアヌーク国王は王宮に監禁されていましたから、国の様子が分かりませんでした。
ポルポト政権では農業中心の過激な民族主義で国家が改造されていました。まず、プノンペンなどの都市に住んでいた人は地方の農村に強制移住させられました。プノンペンはゴーストタウンになりました。個人の財産を持つことや、政治教育以外の学校教育は禁止されました。市場や通貨はなくなりました。
宗教活動も禁止されて、多くのお寺が壊されました。『サハコー』と言う人民公社で家族とバラバラになって集団生活をさせられました。粛清と言う名のもとに、中国人やベトナム人など外国人は老人も子供も皆殺しでした。医者や教師や芸能人などの知識のある人、有名な人は共産主義政策の妨げになるので、厳しい拷問を受けて処刑されました。政治教育を受けて洗脳された子供は自分の親でさえ殺すことができました。虐殺のやり方は地獄の光景そのものでした。
重い労働でたくさんの人が病気になったり飢え死にしたりしました。学校や病院などの建物は肥料置き場や銃弾倉庫や刑務所として使われました。
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